親父の生涯
平成30年10月18日 午後12:05分。
家族が揃っている目の前で親父が90年の
生涯を終えた。
つい2カ月前に会ったばかりだった。。
でも親父の最期を看取る事ができて本当に
良かったと思う。鹿児島と千葉と離れて暮
らしている事からほぼ諦めていた事だった。
最期の親父を見守っていてつくづく思った。
人間はそう簡単には死なない。
でもその時が訪れたらあっけなく逝って
しまう。
新川崎での仕事が前の週に始まったばかり
の翌週月曜日の事。朝5時の電話に叩き起こ
された。
『お父さんの意識が先週の金曜日から無く
なったのよ。帰ってきて。』
お袋の声を電話で聞いて、急いで当日朝の
飛行機を予約、電車に飛び乗って成田空港
に向かうも5分遅れでチェックインできず。
そのまま夕方まで空港内で過ごし実家に
到着したのが夜の20:00過ぎ。。
#こういう所、成田空港って本当にいけて
#いない!
夕飯をお袋と食べて夜21:00過ぎに親父が
入院している病院に向かった。
酸素吸入機につながれたまま意識が無く、
ベッドに横たわっている親父の姿を見て
半ば唖然となった。
それから木曜日までの4日間。
昼は実家に戻り、夜は病院に泊まる日が
続き、4日目の事だった。
見ている前で呼吸がどんどん浅くなり、
ついに呼吸するのを止めてしまった。
自分はもっと悲しくてうちひしがれるもの
と思っていた。でも親父の入院していた
病院の先生から親父の臨終を告げられ、
『お父さんは息子さんが帰ってくるのを
待っていたんだね。。』
と言われた時には思わず涙が溢れてきた。
葬儀の席で家族代表で挨拶をした時にも
途中から涙が止まらなくなってしまった。
もっと親父に絵の手解きをしてもらいた
かった。
興味を持ち始めるのが遅かった。。
死は誰にも平等に訪れる事である。
自分の生涯も残す所、20数年しか残されて
いない。
親父のように何かに打ち込める生涯を送り
たい。後悔の生涯だけにはしたくないもの
だ。