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不要不急の外出

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首都圏封鎖までギリギリの状況。 不要不急の外出は控えるように、という 話が頻繁に耳に入ってくる。 桜名所の道が閉鎖されたり、お花見所で 腰を下ろしての飲食が禁止されたり、、 だいたい、この時期、上野公園あたりでは、 騒がしい酔っ払いがたむろしていたが、 それがなくなった事はむしろ歓迎すべき事だ。 お花見の意味を勘違いしている輩が多すぎる。 ◆ 日本のプロ管弦楽団に所属している団員の 方のツィートを目にした。 『公演が中止になった。  我々は不要不急の存在なのか、、  残念だ。  このまま自粛が続くと廃業せざるを  得ない。』 色々な生業を仕事としている方がいる。 生活に必要不可欠なもの以外を不要不急な物 として、すみわけてしまう考えも如何なもの なんだろう。 晴れて自粛が解除された暁には何の 楽しみもない世の中になっているかも 知れない。 ◆ コンサートやイベントなど、 簡単に中止にはして欲しくない。 開催に向けてきっと打つ手は残されている 筈だ。 やむを得ないが、 ある年齢以上の方の入場を制限する、 入口で簡単な健康チェックを行う、 マスク着用を義務化、あるいは配布する、 座席シートは横方向に一席空けて座って もらう、 そのために入場者数を管理、制限する。。 色々と手を尽くしても結果的に報われない のかも知れない。 でも何もやらないで風評だけに流される よりはマシなのではないか。 ◆ 先日、職場の送別会が新宿の居酒屋で 行われた。前日だけで東京で40人もの 感染者が見付かった翌日である。 流石に躊躇する気持ちはあった。 やっぱり延期するべきか?、、 ところが閑散としているものと思いきや、 店の中は若い人で大入満員だった。 ◆ 自粛疲れ、飽きた、大した菌ではない。 人それぞれだろう。 でもイタリアなどの状況を見る限り、 楽観視は禁物である。 できる範囲で気を付けていくしかない。 首都圏閉鎖になったら、三鷹に通勤する のに、とてつもなく苦労することになる。 在宅勤務が不可能な職種だから仕方ない。 天下のNTT御大をもってしても無理なものは 無理なのだ。 ◆ 長期戦になりそうだ。でも 一日でも早く、収束の

空調によるコロナ換気

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相変わらず世間はコロナコロナの毎日。 トランプアメリカと中国は戦争勃発寸前の 言い争いだ。 『中国の情報隠蔽でここまでコロナが蔓延  した!』 『アメリカ軍隊がウィルスを運んできた!』 私見ではトランプの言い分に分があると思う。 つい最近の香港の自由化運動の鎮圧の仕方、 高速鉄道事故の後処理の仕方など 国家権力が独裁的に振る舞われた事は 記憶に新しい。 共産国家だから仕方ないのかも知れないが 都合の悪い情報は徹底的に隠蔽しようとする 体質。 人を上辺だけで判断しちゃいかん、という 言葉があるが、 その人の持つ人となりは上辺に表れてくる ものだと私は思っている。 来日しての中国人の爆買いったら、 見ていて品が無さすぎる。。 少しでも物を安くしようとするデフレ社会も この際、徹底的に見直して価格の適正化を 計ればいいのではないか。 ◆ 、、と、さておき。。 常磐線の電車の中は相変わらず朝夕とも 混雑している。 最近車内でこんなアナウンスが流れる。 『車内換気のため、これから空調装置を   作動します』 ん?。。 つい身構える。。。 空調って、、吸ってるよね? 閉じられた空間で風を吹き出して、 ウィルスを吹き散らしてないよね?。。 ◆ "感染爆発警戒"とか、専門家から次々に 言葉が出てきて人々を脅かす。 いったいいつまで。。 途方にくれるとはまさに今の状態。 なんでも自粛、自粛の繰り返し。 国民のフラストレーションもそろそろ 限界である。 にほんブログ村

年をとることのデメリット

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『年をとることのデメリットは?』 『今自分の書いているものが、、   自分の考えの理想とする所に  まだ辿り着いていないと考えつく事』 山手線の車内ビジョンでこんな映像が流れた。 #少々字幕の見違えがあると思うが。。 妻夫木聡が三谷幸喜へインタビューしている ビールCMでの一言。 いい答えだと思った。 思わず心に滲みた。 なので、こうしてブログに残しておこうと 思った。 ◆ 最初は親父を少しでも喜ばせようと思い、 週末に描き始めた絵画。 もう8年にもなる。 教室に通う事もなく全て自己流。 全く親父に近付けない。それでも、 当初に比べて少しはマシになったと思えない ことも無い。。が、 自分の中で納得できるものはまだ描けて いない。 それでも控えめに見て まぁまぁ、、と思う絵は、 実は大家の先生が描いた絵の模写だったり する。 #上の絵は絵の素材として親父が持って #いた写真をもらって描いたもの。 #「この写真の花を描いてみろ」 ◆ 学生時代、特別に絵を描く事が好きだった わけでもない。 でも週末に絵を描く事がこのところ、 すっかり習慣として定着してきた。 自室で傍らでは好きな音楽を流しながら。 ものを創作すると時間を忘れて夢中に なれる。 その時間を心から楽しく思えてきた。 ◆ 今は自分のために描き続けている絵。 私の最終的な目標は親父に追い付き、 そして自分ならではスタイルを確立する事。 世間で広く認められている人でさえ、 自分はまだまだ、と考えている。 終着点などあるわけがない。 焦らず、ゆっくり急ぎながら これからもいきますか。 にほんブログ村

伊集院静氏の復帰を待つ

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作家の伊集院静氏が先日倒れたという ニュースが流れて久しい。 一時騒がしかったが、奥さまの篠ひろこの 『そっと静かにさせて下さい』 という一声で、、 世間もそうしようと思ったのか。 その後の経過がわからないが多分安静にして いらっしゃるのだろう。 マスゴミも静かな状態が続いている。 #もう話題に飽きたか? 伊集院氏が倒れたというニュース記事に 『早く元気になって』 とコメントを書き込んだ。 その時、そのコメントに対する反応で 世間の人がこの作家に対して抱いている 感情は大好きか、大嫌いかの両極端なんだな、 と思った。 最新の大人シリーズにこういう章がある。 ---- ガラクタの人生 私の短い半生の半分近く、私は世間から ガラクタのように見られてきた。 こう書くと嘘と思われるかも知れないが 事実である。 「あんな男見るのも嫌だ。ただの酔い泥れの      博奕打ちでしょう。ガラクタよ。」 そういう目で私を見た男と女はゴマンといた。 承知で歩いてきた。 ---- ただのガラクタにもなりきれず、 波風立たないように、 努めて御行儀良く、危なげ無く 何となく生きてきた私のような人が 世間では大勢を占めると思う。 自分の生き方に確固たる信念を持ち、 簡単には己を曲げず、頑固で 颯爽としている人だと思う。 だから著書からあれだけ強烈なメッセージが 読者の心に届くのだと思う。 そんな人の事を何となくの大勢が非難した ような事を言えるのか? ◆ ただ何となく過ごす事の恐ろしさを最近思う。 ただ時間だけが経過して、、 生まれてきたからにはいつかは訪れる死。 その間際に自分は何を思うのだろう。 無に戻るだけである。 綺麗な花畑など臨死体験をして 戻ってきた人の言っている事である。 その瞬間だけでもいい。 自分のやってきた事を少しでも満足に 思いたいと願う。 ◆ 色々な言葉に何度も賛同し、 あまりの切なさに涙し、 感銘を受けてきた。 この本も最初に出てきた屈強な老人の 最後に見せる姿の描写が痛々しく あまりにも切ない。 間違いなく日本が誇れる作家の一人である。 ガラクタの訳がない! ◆ 今回の世間のウィルス

コロナ、コロナ、コロ。。

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明けても暮れてもこのウィルスの話題ばかり である。いい加減、ウンザリきている。 年明けて、この前までは冬とは思えない 暖かさばかりがニュースで取り上げられて いたが今度はコロナ、コロナ。。 ◆ 職業柄、在宅勤務、テレワークといった事が できない。普通に電車で通勤している。 通勤電車の中でも車掌のアナウンスが流れる。 『少しでも混雑を避けてウィルスの蔓延を     防ぐために時差通勤にご協力下さい。』 実情は、というと、これまでと変わりなく、 電車は混んでいる。 少しは空いたのか?。。 一部の人には失礼な物言いかも知れないが 今回の騒ぎは私も含めて馬鹿げていると たぶん思っている。 感染して亡くなった方の話は入ってくるが 特別致死率が高いような話も聞こえてこない。 ◆ 学校は休校になり、 教職員は仕事がなくなり、国が保障する? #誰のお金を使って?。。 学校が休みになり喜んでいるのは 年小の子供ばかりだ。 自宅に閉じ籠り、ゲーム三昧、または 外で仲間とつるんで親の金を使い遊び放題? お馬鹿なガキがまた増える。。 なんだか世も末の感がする。 マスクは健常者はしないように、という 話も出てきた。 余計なお世話だ。。 自分は他人からもらいやすい、という これまでの経験則に則り、毎年この時期は マスクをしているまでだ。 ◆ 早くこの騒ぎが収束してくれないものかと 思う。嘘でもいいから、コロナを越える 話題性のある出来事が起きないだろうか。 すぐにコロナの事など皆忘れてしまう。 コロっと。。 、、と、ブラツクな(xx)はさておき、 喘息の薬がコロナの患者に効いたという ニュースが流れた。 早く決定的な治療薬が見つかって欲しい。 コロナなどきっと恐れるに足らずだ。。 、、と、今度は、、 来週にとんでもない法律の範疇に 今回のウィルスが含まれそうである。 緊急事態宣言。 逆らう事が許されない、御上からの 強制命令。 そんな事を許していいのか? にほんブログ村

4Gから5Gに

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来月の商用サービス開始を控えて 5Gの動きが徐々に活気を帯びて きたよう。。なのか(?) 段階を踏んで2023年に本格運用が 開始されるという。 3Gの電波もそろそろ停まる。 来年度の半ばには停波されると思って いた方が良い。 ◆ 3Gから4Gに乗り換えた際の通信速度の 向上には、なかなか目を見張るものが あった。 ほぼ15年程前、Docomoが3Gを使った "TV電話⇔音声電話切り替えサービス" なるものを世の中に出した事があった。 ちょうどその頃、 Docomoのコアネットワーク内に位置する 交換機サーバの技術開発者として在席して おり、とてつもなく、 大変な目に会った事は未だに忘れらない。 そうやって苦労して作った割には、 通信速度が遅く映像データをまともに 送る能力もなく、端末の画質も劣悪で、 あっという間に闇に葬られた。 4G LTEになって、"ビデオ通話"に サービス名称も変わり世の中に再登場。 画質も大幅に改善、、 されたのか?。。 使った事がないので良くわからない。。 ◆ 音声通話の品質でも大幅に改善されている 事に最近、気が付いた。 毎週末毎に実家の母親に安否確認の意味も 含めて電話をしている。 先日、母が長年使ってきた3Gのガラケーを 水のなかに落としてしまい、携帯が壊れて しまった。 4Gのガラケーを新しく購入した次の日。 さっそく電話してみると相手の母親の声が ハッキリ、クッキリ!聞こえる! ちょっと感動した。 半ば怒鳴るような大声で話さなければ 双方とも声がよく聞こえなかったのが、 リラックスして普通にお話しできるように なった。 ◆ さて5Gになる事によって何が変わるのか。 あまり普段使わないサービスの速度が 上がっても仕方がない。 自分自身がデータ通信従量性の 料金プランに入っており、 ここ半年以上、1ヶ月のデータ通信量が 1Gを越えた事がない。。けちけち参照 キャリアの料金プランも時代に逆行して いる感がある。 自宅に帰ればWiFiがあるし、職場の休憩 コーナーにもフリーWiFiが置いてある。 まぁ、当分は私にとって4Gで充分、事足り

死とは何か

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科学誌Newtonのこの表題を目にした時、 読みたい欲求を抑えられなかった。 生と死の境目の定義はそもそも何なのか。 ◆ 医者が死亡判定を出す時には7つの項目を チェックして全てを満たしている時に 死亡した、と判定するらしい。 但し、心臓の鼓動を維持する、呼吸する、 など人が生きていく上で基本的な指令を 出す脳幹が機能停止しているかのチェック なのだそうだ。 ①ペンライトなどによる瞳孔チェック ②綿棒などで目の角膜を刺激 ③眼球を押す。。 ④耳に水を入れて。。 先日親父が目の前で亡くなった時、 先生が7つもチェックしていただろうか。。 ◆ 臓器移植法という法律がある。 でも、 「脳死は死である」 とは、いっさい書かれていないという。 「脳死した者の身体から移植用の臓器を  摘出できる。」 ただ、それだけだそうだ。 死について臓器移植法は何も定義していない。 読んでいて怖くなってきた。 しかしながら脳細胞はわずか4分の低酸素 状態で死に瀕するそうだ。 脳細胞が死んでもなお、人は生きていると 言えるのか。 ◆ 死の間際に見られる神経細胞の 最後のあがきといわれる現象があるという。 『ターミナル拡延性脱分極』 これが起きた部分の回復は不能なのだそうだ。 ”死につながる最終的な変化の可能性がある” という説もあるようだ。 今現在の最先端の科学をもってしても、 生と死の線引きは未だ不明確のようである。 ◆ 親父の最期の瞬間を看取った。 傍目からは安らかな最期に見えた。 でも親父本人の身体の中では実は何物かが 目まぐるしく動いており、 何かを感じていたのかも知れない。 考えさせられる誌であった。