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2020年3月28日土曜日

不要不急の外出

首都圏封鎖までギリギリの状況。
不要不急の外出は控えるように、という
話が頻繁に耳に入ってくる。

桜名所の道が閉鎖されたり、お花見所で
腰を下ろしての飲食が禁止されたり、、


だいたい、この時期、上野公園あたりでは、
騒がしい酔っ払いがたむろしていたが、
それがなくなった事はむしろ歓迎すべき事だ。

お花見の意味を勘違いしている輩が多すぎる。


日本のプロ管弦楽団に所属している団員の
方のツィートを目にした。

『公演が中止になった。
 我々は不要不急の存在なのか、、
 残念だ。
 このまま自粛が続くと廃業せざるを
 得ない。』

色々な生業を仕事としている方がいる。
生活に必要不可欠なもの以外を不要不急な物
として、すみわけてしまう考えも如何なもの
なんだろう。

晴れて自粛が解除された暁には何の
楽しみもない世の中になっているかも
知れない。



コンサートやイベントなど、
簡単に中止にはして欲しくない。
開催に向けてきっと打つ手は残されている
筈だ。

やむを得ないが、
ある年齢以上の方の入場を制限する、
入口で簡単な健康チェックを行う、
マスク着用を義務化、あるいは配布する、
座席シートは横方向に一席空けて座って
もらう、
そのために入場者数を管理、制限する。。

色々と手を尽くしても結果的に報われない
のかも知れない。
でも何もやらないで風評だけに流される
よりはマシなのではないか。


先日、職場の送別会が新宿の居酒屋で
行われた。前日だけで東京で40人もの
感染者が見付かった翌日である。

流石に躊躇する気持ちはあった。
やっぱり延期するべきか?、、

ところが閑散としているものと思いきや、
店の中は若い人で大入満員だった。


自粛疲れ、飽きた、大した菌ではない。
人それぞれだろう。
でもイタリアなどの状況を見る限り、
楽観視は禁物である。

できる範囲で気を付けていくしかない。

首都圏閉鎖になったら、三鷹に通勤する
のに、とてつもなく苦労することになる。
在宅勤務が不可能な職種だから仕方ない。
天下のNTT御大をもってしても無理なものは
無理なのだ。


長期戦になりそうだ。でも
一日でも早く、収束の兆しが見えるような
明るい話題が聞こえてくる日を待ち望んで
いる。

2020年3月20日金曜日

空調によるコロナ換気


相変わらず世間はコロナコロナの毎日。

トランプアメリカと中国は戦争勃発寸前の
言い争いだ。

『中国の情報隠蔽でここまでコロナが蔓延
 した!』

『アメリカ軍隊がウィルスを運んできた!』


私見ではトランプの言い分に分があると思う。

つい最近の香港の自由化運動の鎮圧の仕方、
高速鉄道事故の後処理の仕方など
国家権力が独裁的に振る舞われた事は
記憶に新しい。
共産国家だから仕方ないのかも知れないが
都合の悪い情報は徹底的に隠蔽しようとする
体質。

人を上辺だけで判断しちゃいかん、という
言葉があるが、
その人の持つ人となりは上辺に表れてくる
ものだと私は思っている。

来日しての中国人の爆買いったら、
見ていて品が無さすぎる。。
少しでも物を安くしようとするデフレ社会も
この際、徹底的に見直して価格の適正化を
計ればいいのではないか。


、、と、さておき。。

常磐線の電車の中は相変わらず朝夕とも
混雑している。

最近車内でこんなアナウンスが流れる。

『車内換気のため、これから空調装置を
  作動します』

ん?。。
つい身構える。。。

空調って、、吸ってるよね?
閉じられた空間で風を吹き出して、
ウィルスを吹き散らしてないよね?。。



"感染爆発警戒"とか、専門家から次々に
言葉が出てきて人々を脅かす。

いったいいつまで。。

途方にくれるとはまさに今の状態。
なんでも自粛、自粛の繰り返し。

国民のフラストレーションもそろそろ
限界である。


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2020年3月14日土曜日

年をとることのデメリット


『年をとることのデメリットは?』

『今自分の書いているものが、、
  自分の考えの理想とする所に
 まだ辿り着いていないと考えつく事』

山手線の車内ビジョンでこんな映像が流れた。
#少々字幕の見違えがあると思うが。。

妻夫木聡が三谷幸喜へインタビューしている
ビールCMでの一言。

いい答えだと思った。

思わず心に滲みた。
なので、こうしてブログに残しておこうと
思った。


最初は親父を少しでも喜ばせようと思い、
週末に描き始めた絵画。
もう8年にもなる。
教室に通う事もなく全て自己流。





全く親父に近付けない。それでも、
当初に比べて少しはマシになったと思えない
ことも無い。。が、
自分の中で納得できるものはまだ描けて
いない。
それでも控えめに見て
まぁまぁ、、と思う絵は、
実は大家の先生が描いた絵の模写だったり
する。

#上の絵は絵の素材として親父が持って
#いた写真をもらって描いたもの。
#「この写真の花を描いてみろ」


学生時代、特別に絵を描く事が好きだった
わけでもない。
でも週末に絵を描く事がこのところ、
すっかり習慣として定着してきた。
自室で傍らでは好きな音楽を流しながら。
ものを創作すると時間を忘れて夢中に
なれる。
その時間を心から楽しく思えてきた。


今は自分のために描き続けている絵。
私の最終的な目標は親父に追い付き、
そして自分ならではスタイルを確立する事。

世間で広く認められている人でさえ、
自分はまだまだ、と考えている。

終着点などあるわけがない。

焦らず、ゆっくり急ぎながら
これからもいきますか。

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2020年3月7日土曜日

伊集院静氏の復帰を待つ

作家の伊集院静氏が先日倒れたという
ニュースが流れて久しい。
一時騒がしかったが、奥さまの篠ひろこの

『そっと静かにさせて下さい』

という一声で、、
世間もそうしようと思ったのか。

その後の経過がわからないが多分安静にして
いらっしゃるのだろう。
マスゴミも静かな状態が続いている。
#もう話題に飽きたか?


伊集院氏が倒れたというニュース記事に

『早く元気になって』

とコメントを書き込んだ。
その時、そのコメントに対する反応で
世間の人がこの作家に対して抱いている
感情は大好きか、大嫌いかの両極端なんだな、
と思った。

最新の大人シリーズにこういう章がある。

----
ガラクタの人生

私の短い半生の半分近く、私は世間から
ガラクタのように見られてきた。
こう書くと嘘と思われるかも知れないが
事実である。

「あんな男見るのも嫌だ。ただの酔い泥れの
     博奕打ちでしょう。ガラクタよ。」

そういう目で私を見た男と女はゴマンといた。
承知で歩いてきた。
----

ただのガラクタにもなりきれず、
波風立たないように、
努めて御行儀良く、危なげ無く
何となく生きてきた私のような人が
世間では大勢を占めると思う。

自分の生き方に確固たる信念を持ち、
簡単には己を曲げず、頑固で
颯爽としている人だと思う。

だから著書からあれだけ強烈なメッセージが
読者の心に届くのだと思う。
そんな人の事を何となくの大勢が非難した
ような事を言えるのか?


ただ何となく過ごす事の恐ろしさを最近思う。
ただ時間だけが経過して、、
生まれてきたからにはいつかは訪れる死。
その間際に自分は何を思うのだろう。


無に戻るだけである。
綺麗な花畑など臨死体験をして
戻ってきた人の言っている事である。

その瞬間だけでもいい。
自分のやってきた事を少しでも満足に
思いたいと願う。


色々な言葉に何度も賛同し、
あまりの切なさに涙し、
感銘を受けてきた。


この本も最初に出てきた屈強な老人の
最後に見せる姿の描写が痛々しく
あまりにも切ない。

間違いなく日本が誇れる作家の一人である。
ガラクタの訳がない!


今回の世間のウィルス騒動を見て
何と書くのだろう。。
早期の復帰を心から願いたい。

2020年3月6日金曜日

コロナ、コロナ、コロ。。

明けても暮れてもこのウィルスの話題ばかり
である。いい加減、ウンザリきている。


年明けて、この前までは冬とは思えない
暖かさばかりがニュースで取り上げられて
いたが今度はコロナ、コロナ。。



職業柄、在宅勤務、テレワークといった事が
できない。普通に電車で通勤している。
通勤電車の中でも車掌のアナウンスが流れる。

『少しでも混雑を避けてウィルスの蔓延を
    防ぐために時差通勤にご協力下さい。』

実情は、というと、これまでと変わりなく、
電車は混んでいる。
少しは空いたのか?。。
一部の人には失礼な物言いかも知れないが
今回の騒ぎは私も含めて馬鹿げていると
たぶん思っている。

感染して亡くなった方の話は入ってくるが
特別致死率が高いような話も聞こえてこない。


学校は休校になり、
教職員は仕事がなくなり、国が保障する?
#誰のお金を使って?。。
学校が休みになり喜んでいるのは
年小の子供ばかりだ。
自宅に閉じ籠り、ゲーム三昧、または
外で仲間とつるんで親の金を使い遊び放題?

お馬鹿なガキがまた増える。。

なんだか世も末の感がする。

マスクは健常者はしないように、という
話も出てきた。

余計なお世話だ。。

自分は他人からもらいやすい、という
これまでの経験則に則り、毎年この時期は
マスクをしているまでだ。


早くこの騒ぎが収束してくれないものかと
思う。嘘でもいいから、コロナを越える
話題性のある出来事が起きないだろうか。
すぐにコロナの事など皆忘れてしまう。
コロっと。。

、、と、ブラツクな(xx)はさておき、

喘息の薬がコロナの患者に効いたという
ニュースが流れた。
早く決定的な治療薬が見つかって欲しい。

コロナなどきっと恐れるに足らずだ。。


、、と、今度は、、
来週にとんでもない法律の範疇に
今回のウィルスが含まれそうである。

緊急事態宣言。
逆らう事が許されない、御上からの
強制命令。

そんな事を許していいのか?




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2020年2月22日土曜日

4Gから5Gに

来月の商用サービス開始を控えて
5Gの動きが徐々に活気を帯びて
きたよう。。なのか(?)
段階を踏んで2023年に本格運用が
開始されるという。


3Gの電波もそろそろ停まる。
来年度の半ばには停波されると思って
いた方が良い。


3Gから4Gに乗り換えた際の通信速度の
向上には、なかなか目を見張るものが
あった。

ほぼ15年程前、Docomoが3Gを使った
"TV電話⇔音声電話切り替えサービス"
なるものを世の中に出した事があった。

ちょうどその頃、
Docomoのコアネットワーク内に位置する
交換機サーバの技術開発者として在席して
おり、とてつもなく、
大変な目に会った事は未だに忘れらない。

そうやって苦労して作った割には、
通信速度が遅く映像データをまともに
送る能力もなく、端末の画質も劣悪で、
あっという間に闇に葬られた。

4G LTEになって、"ビデオ通話"に
サービス名称も変わり世の中に再登場。
画質も大幅に改善、、
されたのか?。。


使った事がないので良くわからない。。


音声通話の品質でも大幅に改善されている
事に最近、気が付いた。

毎週末毎に実家の母親に安否確認の意味も
含めて電話をしている。
先日、母が長年使ってきた3Gのガラケーを
水のなかに落としてしまい、携帯が壊れて
しまった。

4Gのガラケーを新しく購入した次の日。

さっそく電話してみると相手の母親の声が
ハッキリ、クッキリ!聞こえる!

ちょっと感動した。

半ば怒鳴るような大声で話さなければ
双方とも声がよく聞こえなかったのが、
リラックスして普通にお話しできるように
なった。


さて5Gになる事によって何が変わるのか。
あまり普段使わないサービスの速度が
上がっても仕方がない。

自分自身がデータ通信従量性の
料金プランに入っており、
ここ半年以上、1ヶ月のデータ通信量が
1Gを越えた事がない。。けちけち参照

キャリアの料金プランも時代に逆行して
いる感がある。
自宅に帰ればWiFiがあるし、職場の休憩
コーナーにもフリーWiFiが置いてある。

まぁ、当分は私にとって4Gで充分、事足り
そうである。
5Gならではの良さが実感として感じられる
ようになったら変えるかもしれない。

でもその時期は当分先の話になりそうである。




寸暇を惜しんで電車の中でゲームや
動画配信に首ったけの、半ば依存症の方には
嬉しい報せなのでしょうが。。

視線が冷やか過ぎですか?。。


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プロコフィエフの音楽

年明け早々、友人が所属している
素人のオーケストラの演奏会を聴きに行った。


曲目はプロコフィエフ作曲のカンタータ
『アレクサンドル・ネフスキー』、
友人を含めてその筋では人気のある曲?
#どの筋?。。

この曲は友人から薦められてアルバムを
購入はしたものの、
正直あまり興味をおぼえる事がなかった。
理由は良くわからない。。
どことなく、だが、自分に合わない。。
長い間、棚にしまわれたままになっていた。



つまり演奏会当日もそれほど楽しみには
思っていなかった。

ところが演奏会当日。
その滑り出しの音を聴いてすぐに
その独特な音の世界に引き込まれた。

お?。。なかなか。。やるじゃん。
#どこか偉そう。。

やはり、生の演奏に限る!
整然としたパーフェクトな演奏CDを
聴くよりも曲の魅力がダイレクトに
伝わってくる!

千葉響音楽監督の山下さんも
コンサート前のプレトークで
言っている。

『CD 2、3枚のお金を出すのであれば、
   生の音を1回聴きに行って下さい。』

最初のコーラス部分でまずは違和感を
感じる曲だったのだが、
特に人の発する声の美しさは段違いに
良い響きで耳に届く。
独唱の方が登場する時の演出も楽しませて
くれた、歌唱力も素晴らしかった。

チャイコフスキーの交響曲の感想は、、
敢えて書かない。
フィナーレの数小節は爆発したねー!


で、その翌日。
プロコフィエフの交響曲第2番、第3番を
続けて自室で聴いている自分がいた。
翌日は作品番号違いの第4番を2曲続けて
聴いていた。

プロコフィエフの交響曲は全集で持っているが、
これまで普段聴く曲は限定されていた。
第1番、5番、そして第6番。
第2番から作品番号違いで何故か2曲ある
第4番までは、2度目を聴く気にはなれなかった。

その趣向が大きく自分の中で変わった。


ロストロポーヴィチ指揮
フランス国立管弦楽団

腰を低く構えて、じっくりと底の方から
爆発させる演奏。

けだし名演だと思うが、きっかけは
やはり年明け早々の友人がいる管弦楽団の
努力のおかげである。

感謝!


それにしても何故これまでプロコフィエフの
曲の好みに偏りがあったのだろう?


『ショスタコーヴィチの証言』に
呪われていたのか?。。

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2020年2月7日金曜日

死とは何か

科学誌Newtonのこの表題を目にした時、
読みたい欲求を抑えられなかった。

生と死の境目の定義はそもそも何なのか。



医者が死亡判定を出す時には7つの項目を
チェックして全てを満たしている時に
死亡した、と判定するらしい。
但し、心臓の鼓動を維持する、呼吸する、
など人が生きていく上で基本的な指令を
出す脳幹が機能停止しているかのチェック
なのだそうだ。

①ペンライトなどによる瞳孔チェック
②綿棒などで目の角膜を刺激
③眼球を押す。。
④耳に水を入れて。。

先日親父が目の前で亡くなった時、
先生が7つもチェックしていただろうか。。



臓器移植法という法律がある。

でも、

「脳死は死である」

とは、いっさい書かれていないという。

「脳死した者の身体から移植用の臓器を
 摘出できる。」

ただ、それだけだそうだ。
死について臓器移植法は何も定義していない。

読んでいて怖くなってきた。

しかしながら脳細胞はわずか4分の低酸素
状態で死に瀕するそうだ。
脳細胞が死んでもなお、人は生きていると
言えるのか。


死の間際に見られる神経細胞の
最後のあがきといわれる現象があるという。

『ターミナル拡延性脱分極』


これが起きた部分の回復は不能なのだそうだ。

”死につながる最終的な変化の可能性がある”

という説もあるようだ。

今現在の最先端の科学をもってしても、
生と死の線引きは未だ不明確のようである。


親父の最期の瞬間を看取った。
傍目からは安らかな最期に見えた。

でも親父本人の身体の中では実は何物かが
目まぐるしく動いており、
何かを感じていたのかも知れない。

考えさせられる誌であった。



2020年2月1日土曜日

流山の田舎っぷりを知る

流山市の中心ってどこなのか?
おおたかの森?
いやいや。。
まだ市役所がある平和台近辺でしょ。

先日の土曜日。
その平和台にあるヨーカ堂の
紳士服売り場でスーツのズボンを
買いに車ででかけた。


「裾直しに1週間かかります。
 来週の月曜日以降に出来上がります。」

その来週の月曜日にあたる日が
ちょうど人間Docで仕事を休む予定の日
だった。


月曜日当日。
健康診断が終わり、

「さてズボン取りに行くか。
 行きは流山電鉄で、
 帰りは自宅マンション前を
 通るバスがいればいいな。
 ローカル線&バスの旅♪」


JR馬橋駅から初めて流山電鉄に乗り換える。

「Suica、は、、使えません?。。だと?」


仕方がないので100円硬貨を2枚出して
切符を買う。
硬貨を出して電車の切符を買うなんて
久方ぶりである。。

2両編成のこじんまりした電車が出発する
までの約10分間、
横を次々と通り過ぎるJRの電車がなんと
颯爽として見えた事か。。

いつも乗る常磐線なのに。。

「いいのだ。。今日はローカル線の旅。。」

で、えっちらおっちら。。平和台に到着。


ズボンを受け取り、自宅方面行きの
バス停を探す。。
ヨーカ堂の向かい側に見つけた。

「今は13:30。。で次のバスは?。。」

13時台のバスは1本だけで
もう既に行ってしまっていた。
で、14時台にはそもそもバスがいない?
え?15時30分過ぎまで?
まさかの2時間待ち。。?

自分は今どこにいるのだろう。。。と思った。
千葉県だよね?関東だよね?
流山市の一応中心だよね?
それがこの有り様か?。。。

ローカル線の旅♪などと浮かれていた
気分は吹き飛び、流山のあまりの田舎っぷり
に情けなくなってきた。。


だから今ひとつマイナーなイメージから
抜け出せないのだ。
流山の中心部をおおたかの森に移転させる
話も確かに最近あるようだ。
それはそれとして旧市街地へのアクセスの
悪さをなぜ放置したままにしているのか。。

今時は車社会、
だから車に乗って来い?

違うでしょ!
流山橋近辺の車の大渋滞はなんなのよ?。。




新興住宅街を除いて
道路事情もいまひとつな流山。
車の往来が結構激しい道路脇に歩道すら
ない所が多い。
あっても途中で無くなる?。。


人の往来をなんだと思ってる?
自転車専用道路なんてもっての他である。

屋外でのジョギングの時、
川の土手以外を走る時にルート選択を
間違えると、
車の往来が割と激しい車道をテクテク走る
事になる。。危ない危ない。。

後ろから警笛!『ぴ!』じゃないよ。。
軽自動車のおばさん。
こっちは迷子。。


色々、問題はあるのだろう。
交通の便が時代遅れで人の往来が少ないのか、
人の往来が少ないから交通の便を見直す必要
もないのか。。

でももう少しフットワーク軽やかに
市内を移動できるような公共の交通手段を
考えて欲しいものだ。


2020年1月19日日曜日

桜島海底トンネル


。。なるものの建設に向けての動きが
鹿児島県知事から表明されたらしい。

経済効果が狙い、というのが表向きの理由
のようだが、私は要らない!と思う。

だって桜島フェリーがあるじゃないか!

道路が開通したら、行き交う人が増える?
考えが短絡的過ぎないだろうか。


まずは海底トンネルなるものを作るには
巨額な費用がかかる事を忘れてはいけない。
道路が開通しても通行料金がタダな訳がない。

桜島カーフェリーの片道1400円より
安くなったら?。。
きっとフェリーを使う人がいなくなる。
フェリーを運営している鹿児島市が採算を
取れなくなり、運営を手放すかも知れない。
桜島カーフェリー名物のうどんも食べられなく
なるかもしれない。
#実はまだ食べた事がないが。。

逆にカーフェリーの料金より高くなったら?
きっと海底トンネルなど使う人がいなくなる。
そうなると海底トンネルを作った時にかかった
費用を回収できなくなる。

税金から補填するのか?
それとも年金額を下げるのか?

今の県知事になって4期連続、赤字が続いて
いる鹿児島県の財政事情を、usotuki知事自らが
どこまで考えてくれるのか。


自分はそこに住んでいないから、かも
知れないが、
鹿児島に帰った時に観光で桜島に行きたいなと
思う事がたまにある。

昔ながらの桜島フェリーに乗って♪
錦江湾の海風のにおいを吸いながら♪

帰省する度に鹿児島の風景の変貌ぶりには
愕然とする事がある。
昔の名残が急速に消えて無くなりつつある。

だからフェリーが行き交う光景ぐらいは
大切にして欲しいと思うのだ。

後々のトラブルの種になる可能性が考え
られるものは最初から作るべきではない。



2020年1月18日土曜日

健脚になりたいとは言うものの。。

腰に椎間板ヘルニアという爆弾を抱えている。

腰が痛いのか?というと、そうでもない。
そういう時期はもう過ぎた。
重い物をもち続けたり、など
無理な事をしない限り腰は大丈夫である。

今は腰痛より脊椎間狭窄症のような症状に
悩まされている。

右側側面だけ腰から足の平に至るまで
常に痛みと痺れを感じている。
耐えられない痛みでもない。
気にしなければ気にならない程度。
なので努めて気にしない事にしている。。
まったく厄介。。



毎月一回、整体治療を受けている。
足の裏の痺れの事を話して治療を頼んでみた。
先生が指先だけで足の裏を押す。。
お笑い芸能人が七転八倒している気持ちが
良くわかった。

いてて!、、先生、ぎぶぎぶ!・・・



週末運動も腰になるべく負担をかけないように
している。足が着地する時の衝撃をなるべく
与えないように足も出来るだけ上げない、
つまり歩く?。。

平均時速7km目指したい、は無理かも知れない。


ジョギングを始めた理由は
頭の中を空っぽにできる時間を持てるからで
ある。何も考えずに日々鬱屈した嫌な気分から
解放される。

体が疲れてくるのと比例して、
脳内麻薬といわれるアドレナリンが頻繁に
分泌されるのがわかる事がある。

つい先日も走っていると、元気な親父と
過ごしていた頃の声と記憶が唐突に脳裏に
浮かんできた。

走りながら涙を流していた。
嗚咽の声すら漏らしながら。。。



いいじゃないか!
周りで見ている人は誰もいない。
自分だけしかいない。

外での解放感に慣れると
屋内の閉じられた空間に足を運ぼうとは
思わなくなる。
駐車場出口で捌きの要領が悪いショッピング
センターの警備員にもイライラする事がなく
なった。
精神衛生上にも良くなったのかしらん。



花粉か飛び始める時期になるまでは、
今のアウトドアでの運動を楽しみたい。
風邪だけはひかないように。


2020年1月11日土曜日

BMI

Body Mass Index

年齢に関係なく、性別に関係なく、
理想的な身長と体重の関係を表す指標。

22が最も適正な数値とされており、
成人病の発祥率が最も低いとされている
ようだ。

なにげなく、仕事中にオヤツを間食する。
その回数が徐々に増えていた日、
71kgを行ったり来たりしていた体重が
ジワジワと増えてきていた。

やばいやばい。。
もう少し気にかけるようにしていかないと。。

間食はしないように。
体脂肪率を計る機能がついた体重計を購入して
折りにおいて体の事を気にするようにした。
その頃には体重が72.5kg超。

週末もスポーツジム通いばかりになっていたが
太陽の光を暖かく感じたある日。
屋外にジョギングに出た。

スポーツジムと違い静かな郊外をゆっくりと
走る。。歩く?。。
平均時速は6.5km。歩いているんだな。。

久々に気持ちが良いと思った。
ジョギングの最中に腹筋に手をあてると
筋肉が締まっているのがわかる。

暫く経つと70の壁をあっさり越えて
3kgほど減量して69kg台になっていた。
多少寒くても陽の光にもあたるし、
郊外で運動した方がいいかな、、

と気付いた所で正月休みが始まり、
仕事が始まり、
帰省していた人からのお土産の山。。

あっという間に70kg台に戻っていた。
2週間後に年1回の健康診断がある。
それに向けてまた体を絞ろうかな。。

現在のBMI値は23。(175cm)
そこまでストイックに追及するつもりは無い。
ただ、10年ほど前には10kmを1時間ほどで
走っていたのが、30分も余計に時間がかかる
ようになった。
椎間板ヘルニアにも関係しているのだが。。
足の痛さも増したような気がする。

年を取ったとはいえ、平均時速7kmは
目指したい。
でも速さよりも長距離を移動しても平気な
健脚が持てる事を目標としたい。