親父の転院

鹿児島はいま親父を中心にして動いている。

先日、玉江橋近くの玉水会病院から高見馬
場近くの小田原病院に転院した。古い歴史
を感じさせる病院らしいが、とても感じの
良い先生がいらっしゃる病院らしい。



私も勘違いしていた事がある。
2,3ヶ月毎に転院しなければいけないと
思っていたのだが、新しい病院の先生から

『ずっとここの病院にいても良いんですよ』

先日ブログに書いた医療法人施設は自宅で
日常生活を送る事になった人のためのリハ
ビリを目的とした施設らしい。
それで3ヶ月だけという制約がある。

病院にいた方が何かと安心なので特別養護
老人施設に入る事もやめる事にした。

ただ予断を許さない状況ではあるらしい。

『いつ何時、容態が急変する可能性はあり
 ます』

パーキンソン病の重度も5段階の"5"となり、
食事を口から嚥下する力も弱くなり、
先日帰省した時に見た親父は更にやせ細っ
て小さくなっていた。
車椅子に乗って上体を起こしている時は
目つきもしっかりとして元気そうに見える
のだが、ベッドに横たわり口を開けたまま
虚空を呆けたように眺めている様子を見る
と、"いまわの際"に立たされて人のように
見えてくる。。

胃ろうなどの延命治療だけは施さないよう
に病院側にはお願いしている。栄養を摂取
できる事で元気になれるのであれば良いの
だが、パーキンソン病の症状は進行する。

現在においては未だに原因不明の体が動か
なくなる神経性の難病…。

親父本人は辛い毎日かも知れないが、まだ
まだ、生きていて欲しいと思う。
先日の帰省で関東に戻る前日、自ら、

『明日戻るんだね…』

と私の顔を見ながら涙を流していた親父が
今生の別れの姿となって欲しくない。

”あぁ、、私達は死ななければならない”

命を与えられた者が逃れられない宿命を
歌った、
歌劇トゥーランドット(プッチーニ作曲)
の有名なアリアの一節が胸を刺す。




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