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2018年12月28日金曜日

自分の幸せ、誰かの幸せ

今年一年も終わろうとしている。
今年を表す一文字『災』。


私にとっても決して平穏な一年では
なかった。

親父が亡くなった。
親父が亡くなったんだ、という事実は
日を追う毎に私の気持ちの中で、
ゆっくりと重みを増してきているような
気がする。

でも親父は自分がいなくなった後に
残された家族の事をしっかりと考えて
くれていた事がわかってきた。
だから私は自分の事を不幸だとか、
可哀想だとか、決して思うまい。

『そっちの居心地はどうね?』

自室の遺影に話かけてみる。
答が返ってくる事はない。
でも何かしら傍に寄り添ってくれて
いるような気配がする。


親父の葬儀が終わり、帰京して一冊の
本のタイトルが目を引いた。
伊集院静氏の著

『誰かを幸せにするために』

伊集院氏の本というと一見平穏な内容
から読者の感情を激しく揺さぶる一節が
突然表れるという印象を持つ。
この本もそうだった。

泣いてしまった。

私の魂が揺さぶられたその一節を
ここで紹介したいと思う。

曹洞宗の和尚と伊集院氏が、
幼き頃亡くなった伊集院氏の弟の事を
語った時の会話を綴った章である。

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生きていれば

(略)

「もうひとつ死んだ者が夢の中で1度も
 まだ出て来ないんですが、
 自分が薄情だからでしょうか?」

「そりゃちがう。イイ寝方ができとる
 だけだ。」

「熟睡してるって事ですか?」

「そりゃ、わしにはわからん。ただ
 ひとつこういう考え方もある」

「何ですか?」

「おまえはやさしい兄貴だから、
 弟さんは気遣って出んのだろう」

「気遣ってですか?」

「そうだ。夢に出てみろ。
 たいがいの人は目覚めて悲しむ。
 女、子供だったら涙を零す。
 そういう思いをさせたくないからだ。
 死んだ人は残された者のしあわせを
 祈っとるものだ」

「・・・・」

(略)

人が人をしあわせにできるのかどうか
は正直私にはわからない。
ただ、この世で生きている時に出逢った
こと、それだけで十分に価値があったの
ではと私は思う。
 
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来年も良い年になるように。



2018年12月21日金曜日

くちコミ

先日、咳が出だしたら止まらなくなり、
柏の大病院に行き、簡易とはいえ

『念のため胸のCT検査受けときます?』
 
で、
出てきた診断結果が肺気腫。。
ちと目の前がクラ…ときた。

でも今やネットで大抵の事は調べられる
時代。肺気腫の症状を見ると、

呼吸困難になる。
身体を動かすと息切れする。

。。ん?。。

自分はそんな症状は一切無いんだけど。

で、google検索して自宅近くの内科
(呼吸器科)の病院を見つけて診てもら
った。

診断の結果、
肺気腫の兆候は全く見られないとの事。

『肺気腫になると、何よりもまず、
 呼吸を吐き出す力が弱くなるんですよ。
 正常そのものです!』

良かった!。。

でも大病院のCT検査で何かが写ったのは
事実。今後気をつけていくに越した事は
ないと思いました。

で、、
ここから話が本題?

そこの病院で診てもらった男の先生が、
えらく男前の格好良い若い先生だった。

問診で細かく丁寧に話を聞いてくれる
のはいいのだが、じっ…
と見つめられると少しどぎまぎ?。。

『まあ、病気の疑いも晴らしてくれたし
 地方の町病院だし、、
 ちょっと口コミでも投稿してみよう
 かな。』

で、
それから2週間を過ぎたある日の事。

Googleマップからこんなお手紙が
届いた。


おやおや。。

130人も何をキーワードにして
私の口コミにまで到達したのだろう。。

でも『高く評価されています』とか
『人気です』と言われると嬉しくなくも
ない。

ここのブログのひとつの記事に対する閲覧者
数のおよそ30倍。
でも塵も積もれば何とやらで、このブログも
総閲覧回数は8,681回に至るのだ。
#自慢か?。。

更に後日、

『ローカルガイドになりませんか?』

と来た。
で、なってみた。

けなすような内容の口コミ投稿だけは
しないようにしていこう。
目にした方が少しでもhappyになれます
ように。


うーん、、やっぱりそっくり。。

2018年12月8日土曜日

箱根の思い出


ネット上でたまたま箱根の山の写真を
目にした。
思わず懐かしい過去を思い出す。

もう何十年前になるのだろうか。

親父が展覧会の審査員として上京して
きた折、箱根の強羅温泉に連れていって
くれた事があった。えらく高級そうな
歴史深い趣のある宿だった記憶がある。

その温泉宿に向かう途中、
箱根山が綺麗に望める場所にスケッチに
連れていかれた。

親父がやおらスケッチブックを取り出し
さらさらと山の輪郭を描き、、、
水彩絵の具でさらさらと色付けを始め、、

へえ~、と感心している横で、

『おまえも描けば?。。』

と描かされた。

その時が学生時代以来、初めて絵筆を
手にした機会だったような気がする。

目の前に広がる広大な景色とは似ても
似つかない風景画。。思っていた以上に
うまく描けない自分に呆れてしまい、
途中から半分ヤケな気持ちで描き殴って
いたような記憶がある。

その時に描いた水彩画だが親父に
言わせると

『色の使い方がウマイ』。。

自分ではあまりそうは思っていません
が、そうだったんでしょうかね。。
親父なりに息子の背中を押してあげた
かった一言だったような気がする。

山そのものの形がへんてつもない
のっぺり、、とした形の山である。
描くのは敬遠しがち。。
でも時を経て目にすると感慨深い思い
がわいてくるから不思議だ。

そのネットに載っていた箱根山を
スマホで見ながら久々に水彩で描いて
みた。


さらさらっ、、と描いたは良いが

『あの頃よりも下手になったかもね。』

と言われそうな気もする。。

『どうなのよ?』。。

もう答えが返ってくることはない。

でも自分の趣味には定着した気がする。
まだまだ自己流。
これからも前進あるのみ。


抽象画を描きたいのに。。

過日、従兄からのリクエストで

『抽象画を描いてくれんね。』

と言われ、、

そういう趣向の絵を描こうと思ったのに
結局、こうなる。。

私には多分そういうセンスは逆立ち
しても無い。。

桜島(水彩)

箱根山(水彩)

敬愛なる竹留先生の模写(水彩)

本日2枚目。
竹留先生、ごめんなさい。




チャンネル間違い。。?
ま、いいか。。