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2018年6月22日金曜日

第16番になり損ねた交響曲

ショスタコーヴィチの交響曲は第15番まで
ある。そんな事、クラシック音楽を知って
いる人にとってはもはや常識。。。?

最近、交響曲全集も増え、すっかり市民権
を得た感のあるショスタコの音楽。
でも15曲ある交響曲を全て好き、という人
は果たしてどの位いるのだろう。。

第2番、第3番など若きショスタコが共産
主義国家から無理強いされて作ったとしか
思えない、、第15番なども第1楽章までは
面白いのだが、第2楽章になると死の観念
に強くとらわれたのか、急に元気も覇気も
失われる。。

全曲に馴染むにはなかなか到達しない。
でも私にとってはこよなく愛する作曲家の
1人である事は間違いない。


『ミケランジェロの詩による組曲』

というショスタコ最晩年の曲がある。

未だにこの曲をほとんど誰も取り上げよう
としない。ネット上で検索しても市販のCD
をほぼ見かけない。世間から忘れかけられ
た存在になる。

自分がこの曲を知ったきっかけは過日、
図書館でたまたま目についたから。。
何とも安っぽいな感じのアルバムジャケッ
トを装い、ラック棚の片隅にひっそり置か
れていた。

家に持ち帰り、プレイヤーにセット、、

衝撃的!!..どころか

『なんだ?これ。。』だった。。
今から20年ほど前の事。

次の日には図書館に返却しにいった。。

それから時が経ち、長年取っ付きにくかっ
た第13番、第14番をようやく好きになり出
した頃、この組曲をもう一度聴いてみよう
と思った。

トーマス・ザンデルリンク指揮
ベルリン交響楽団

曲の雰囲気は交響曲第13番そっくりだと
思う。14番に似ているという人もいるが、
14番のように極限まで楽器編成を縮小化
はしていない。

転調する時のストリングの音色に、
ぞくぞくっ!。。
とさせられる第13番の進化形という感じ
の曲。

文献を読むとショスタコ本人も16番目
の交響曲にしたかったらしい。

自分の余命幾ばくもない事を知り、ピアノ
伴奏の歌曲として発表。その後、オーケス
トレーションを施したが初演を聴く事なく
1975年に永眠。

ミケランジェロもショスタコも時の権力者
に翻弄され、粛清されかねない危険を犯し
ながらも我が創作芸術の道を貫き通したと
いう共通点があるのだという。

その強い精神力にこそ惹かれる。
だからショスタコの音楽を私は好きなのだ。


2018年6月17日日曜日

ワールドカップ


ワールドカップが始まった。
こんな事を書くと『この非国民めが!』と
袋にされるのかも知れないが、
私としては日本サッカー選手に全~く期待
していない。。

というか、勝てないでしょ。。


Jリーグの試合もまるで興味なし。
選手も変わってきたのかな。。
相手ゴール間際まで迫るパスまわしは上手
いのだが、最後のとどめを決めきれない。
相手ゴール真正面まで攻め入ってきている
のに。。。。そこで横パス?。。
またはゴールポスト大はずしホームラン。
見ていてフラストレーションが貯まる。。

細かいパスつなぎばかりの日本選手に比べ
て欧米選手はロング縦パス一発からあっけ
なく得点をもぎ取る。

何かの記事で読んだ記憶がある。
元々日本人は農耕民族、欧米人は狩猟民族。
獣の肉食中心だった欧米人と米食中心だった
日本人ではこれまで培われてきた体のポテ
ンシャルの基本からまるで違うのだとか。

なるほど、と思った。

そりゃあ、日本のプロサッカー選手も上手
い事は認める。プロらしい高い技術力も持
っていると思う。
でも世界を相手にした時に歯がたたないの
だ。。

その昔、鎖国で小さな島国に閉じ籠もり、
見知らね外国から黒船が来航した時に
あたふた!していた時の国民性が未だに
脈々と引き継がれているのだ。
#話の例えが古すぎか?・・

自分に対する自信、余裕の度合いの違いが
なせる業はその昔アメリカ本国に一年間、
いた時に私自身も肌で感じた事だ。。

なんなんだ。。
このアメリカ合衆国人の持つ自信は。。

一応、応援はしよう。
あっけない敗退が見えていても。。ね。

直前で何があったか知らないが、チーム
監督を替えているようじゃ、
そもそもダメだと思うんですけど。。


それでも奇跡は起きる時には起きる?
結果はもうすぐ見る事ができる。

さて


2018年6月9日土曜日

縮小にっぽん

私が今の親父の年齢位になる2050年には
日本は棺桶型の人口構造になるのだとか。
名前からしておぞましい日本の将来。
2050年になる前に2025年問題が到来する
のはもう間近。


高齢者が爆発的に増え、社会を支える筈の
若い人がいなくなる。。
今でも地方によっては70歳のお年寄りが
80,90歳のお年寄りの世話をしないといけ
ない状況だという。

シルバー人材センターも仕事の引く手あま
ただとか。70歳、80歳になっても仕事がで
きるのは良い事だと思う。



ところが実態はそれほど良いものでもない
ようだ。

・仕事の見返りとして若者と同等の結果を
 要求される
・3Kの仕事が多い。
・仕事を止めようと思った時にやめられ
 ない。

幼稚園の送迎バス運転手として働いている
70歳過ぎのおじいさんが番組で取り上げら
れていた。多くの子供達の命を預かる仕事
で自分も70歳を過ぎたという事でバス運転の
仕事をやめたい。でも代わりが見つからず、
時間だけがもう半年以上ズルズルと経過し
ている。。


高齢者の自動車事故が頻繁にニュースで流
れる中、神経を磨り減らす思いで働いてい
らっしゃるのではないかと思う。

年金の受給開始は最大70歳まで延長できる。
遅れて受給を開始した分1回あたりの受給
額は高くなるが、65歳から受給を開始した
人が受けてきた受給総額に追い付くには81
歳まで生きなければならないらしい。

還暦まであと3年となった自分にとって老後
の話題はもう他人事ではない。60歳定年で
隠居して慎ましいながらも生活ができてい
たのは昔の事。父親も57歳で小学校教諭の
職を早期定年で退職している。

一方の自分は?というと、、70歳まで今の
仕事を続ける気は更々ないし、仕事が務ま
るとも到底思えない。

人生には三度の転機が訪れるという。
自分はこれから何をしたいのか、何をする
べきなのか。自分の人生の転機がそう遠く
ない将来に訪れようとしている今、もっと
真剣に考えなければならない。

まずは体が資本という。
体にだけは多少自信があったのに。。
根本から治していかなければならない問題
がいつの間にか増えてしまった。。

今のうちだよ。。
自分に言い聞かせる。

2018年6月2日土曜日

シューリヒトがいる川越


友が出る定期公演は外せない!という事で
今日も川越に行ってきた。


今回の演目はこの二曲。

交響曲第2番(ベートーヴェン作曲)
交響曲第1番(ブラームス作曲)

アンケート用紙は住所、名前入りで帰り際
に投函してきた。後で忘れそうなので一言
だけの感想を書き残して。。

『第1曲目の感想は?』

 【答】Good!(それだけ。。)

『第2曲目の感想は?』

 【答】たまげた!(これだけ。。)

多少本音も織り交ぜて今日の演奏会の感想
を改めてここに書き留めておきたいと思っ
た。

●ベートーヴェン第2番(1曲目)
元々、チャーミングな魅力と力強さを併せ
持つ曲で伸びやかで春らしい気分にさせて
くれる小品的(と自分が思っているだけ)
な交響曲。

実際に演奏していた方々も同じような気分
に浸っていたのではなかろうか。
どこか伸び伸びとした気持ちで楽器を奏で
ているように見えた。

●ブラームス第1番(2曲目)
ブラームスがこの1曲を完成させるまで
21年を要した大曲中の大曲である事は
あまりにも有名。これまで最も偉大な
作曲家といわれているベートーヴェンの
10番目の交響曲と呼ばれている曲。

誰でも知っている前置きはさておき。。

素人のオーケストラにこの曲の深み、重厚
さ、美しさを表現するのは酷というもの、
と正直あまり期待はしていなかった。

すべては第1楽章の最初の1音で全てが決
まってしまう曲。

どこか集中しきれなかったのだろう。。
一度上げかけたたタクトを下ろして思わず
苦笑いの指揮者の方の仕切り直しで演奏が
始まった。

苦笑いの後の音を聴いてひったまげた!
(たまげた!)
なんてこった!。。
完璧!

50分弱の長大な曲なので、中盤になると
さすがに楽器の音の出し損ねがある、全体
的に音が濁ってくる。ずるずると終わるだ
けの面白味の無い平板な音楽になりかける。

そんな時、この指揮者は緩急、音の強弱を
つけさせて上手い事、立て直すのだ。
凹凸をつけて最後まで飽きる事なく聴かせて
くれるのだ。

1993年生まれだから現在25歳
松本 宗利音
(マツモト・シューリヒト)
※読めません。。

かの世界的に有名な指揮者
カール・シューリヒト
の御夫人に直接名付けられたらしい。
※でもシューリヒトの指揮した演奏、、
 聴いた事がない。。


以前にも同じような感想をどこかに掲載
したような気がする。
もしかすると天才的な若い指揮者の業を
目の前で見ていたのかも知れない。

音を実際に出すのは素人の管弦楽団の
皆さん。今日の演奏、天晴でした!
この若い指揮者との良い関係を長く
続けていければいいのにな、
と思いました。