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2016年12月29日木曜日

72歳に負けるな…

年末最後の話題にふさわしいのか?的な
丁度、50投稿目。。

身体的にまた更にちょっと困っている事が
ある。。ヘルニア、モートン病、、
もうこれ以上沢山なんですが…。

ここ数ヶ月、朝起きると左手中指が脱臼
した感じで折れ曲がってしまっている。

指自力で真っ直ぐ伸ばす事ができず、右手
をそえて曲がりを矯正、、バキバキ、、と
までは言わないが、ちと痛い。。
ずれた関節が入ってくる感覚がする。

なんで朝起きる度に指カックンなるん?
人間の体の細胞って6年で総とっかえされ
るんじゃ、なかったけか?
脳細胞まで別物に入れ替わっているのに、
自我が一生保てるのは少しだけ不思議…。

どんどん、ポンコツ細胞に再生されてる
らしい?

世界には72歳になって子供を作っている
こんな『おじぃさん』がいるというのに。


毎日、何食ってる?。。

「たとえ70歳を過ぎようがロックンロール
 は続けていくぜー」

とか大昔の発言を有言実行しているところ
が凄い。。キースあたり風貌が妖怪化して
久しいが。。
未だに生きている事すらが奇跡的だ。。

80歳過ぎてもまだ日本にライブツアーとか
やっていたら見に行こうかな。。

R.ストーンズ、J.レノン、D.ボウイ。。
ロック音楽からは離れてしまっているが
自分にとっては別格的ロック界ヒーロー。



自分も少しだけでも"いかした年寄り"に
なりたいものだと思ふ。。

んーーー、、だめかな?。


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2016年12月23日金曜日

今年最後のなんだかなー

本投稿をもってBloggerへの49投稿目。

例年通り年末年始はやること無いので、、
除夜の鐘を聞く頃には、きりのいい数字に
なっている事だろう。

今年最後の?なんだかなー。。

「猿酉荒れて犬猪の大凪」の言葉通り、
今年は年始早々に荒れに荒れた…。

世間的にも私個人的にも。。

◇除夜の鐘、小学校の運動会の音楽が煩い
 と言い出し始めたクレーマーがいるらし
 く、地域によっては自粛するムードがあ
 るらしい。


 まったく信じられない事だ…。
 常に何かに文句を付けずにはいられない
 のか?自分に関係無ければどうでもいい
 のか?。。

 そんなクレーマーなど鼻から相手にしな
 きゃいいのだ。。
 学校側も
 「あなたの考えは間違っている!」と
 なぜに毅然と対応できないのだろうか?
 毅然とするとまた騒ぎが拡大するだけな
 のだろうか。。

 まったく自分本位にしか物を考えられな
 い人ばかり増えているのかと思うと、、
 ただただ嘆かわしい。。。

◇介護事業者の倒産が、このところ急増し
 ているらしい。原因は深刻な人材不足。
 施設は用意したのに働く人が集まらず、
 施設の賃料ばかりが嵩み、倒産してしま
 うというようなケースが増えているらし
 い。特に体力が無い新規事業者と小規模
 事業者。

 人が集まらないのは低賃金だから。

 介護報酬はどうやら政府が決めているら
 しく、今年4月に安部内閣が介護報酬を
 下げたばかりだという。

 本当に必要なものは何なのか?高齢化社
 会ですね、と言うだけでなく、もう少し
 一国の首相らしく真摯に考えて欲しいも
 のだ。

◇ついにトランプ政権が本格始動する。
 だてにトランプタワーなど建ててきたわ
 けでもなさそうだ。。
 ひとつの企業のトップとしては有能な方
 なんだろう、、


 大統領になり目指すはアメリカという国
 の巨大コングロマリット化?

 「アメリカさえ良ければ良い!」

 これから多少言動をわきまえる様になる
 のか、更に過激化するのか。
 良し悪し関わらず、今後目が離せない。

 はっきり物を言う(特に中国に対して。
 確かに言われる側の国の言動も最近、
 おかしいと思う…)どこまでも強気の
 性格のようだが、間違っても押しちゃ
 ならないボタンを押すような事態だけ
 は招いて欲しくないものだ。
◇先日、オスプレイが不時着して不時着
 させたパイロットの判断を誉めるような
 ニュースが流れた。

 確かに被害を最小限に抑えたという点に
 おいては誉められる事かも知れない。

 その前に簡単に落ちるなよ。。。

 その外観といい、どこか無理のある作り
 に見えて仕方がなかった。


 問題なのは、、

 オスプレイの事故率をはるかに超える
 民間航空会社があるという噂?事実?が
 ある事だ。

 これらの国の飛行機には絶対、乗りたく
 なーい。。

◇慶応大学、東京大学に始まった女子学生
 暴行事件。娘が通っている千葉大学でも
 同じような事件が起きた。

 娘は薬学部。
 とはいえ、キャンパスは医学部の目と鼻
 の先だ。。

 熾烈なお受験戦争を勝ち上がってきた
 若者は相当に抑圧された生活を強いられ
 てきていたのだろうか。
 大学に入り解放感を満喫したい気持ちは
 わからないでもないが、人として知らな
 いといけない常識は何ひとつ学んでこな
 かったと見える。


◇今年はお茶の間で良く見て親しんできた
 方も含めて、とにかく芸能人にまつわる
 騒動が多い年だった。
 不倫騒動、薬物使用疑惑の報道。。
 後を絶たない。

 ネット上でこの方の話題が上がっている
 事に最近、気付いた。。

 実はこの方、創価学会の狂信的信者で
 あるらしく、
 これまで学会へ勧誘して拒否してきた
 芸能人を干してきたんだとか、、
 干されてきた人の中にはあのウッチャン
 も入っているらしい。

 もし本当の事だったら、これまで以上の
 大騒動になるかも知れない?。。


◇今年も色々な方が亡くなった。
 年始早々のD,ボウイ、P.ブーレースに続
 き、大橋巨泉、永六輔、ちびまる子ちゃ
 んのお姉さん役、ドラえもんのスネ夫役
 の方。

 親しみを感じてきた方々の訃報が続く。

 寂しい事だが時を止める事は誰にもでき
 ない。自分にもやがては必ず訪れる世界
 が無に帰する時。。

 その時、どれだけの後悔の思いを抱き
 ながら、、

 やばい。。
 ぼんやりしている場合じゃないぞ。



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2016年12月16日金曜日

今年のマイベストアルバム?

はや年末12月も半ば過ぎ、、
あー、1年が過ぎるのは何故かくも早し。。

今年は振り返ってみると昨年以上に素晴ら
しい音楽と出会う事ができたような気が
する。昨年のオネゲルの"典礼風"に引き
続き、今年の私的ベストアルバムを選ぶ

、、という事に、

どういう意味があるのか、自分でも良く
分からないが、多分後々になって昔の自
分の趣向を思い出すひとつの記録になる
のかも知れない

、、と思ったのだが、

なかなか、そのひとつが定まらない。。

今年はオペラ音楽の素晴らしさ、
とりわけワーグナーに開眼させられた年
だった。
パルジファル、ローエングリン、マイス
タージンガー、リング。
音楽の専門学的な事には全く疎いので直
感的な感想しか書く事ができないが、
パルジファル、ローエングリンの演奏
(カラヤン指揮)といったら、、、
もう、これらは人間技を超越した「神」
の仕業としか思えない。

ローエングリン第1幕の終結部に向けて
次々に畳みかけてくる熱き上昇音階には
心を高揚させられずにはいられない。
パルジファルを初めて聴いた時には暫く
の間、そのあまりの美しい余韻に酔いし
れていた。カラヤンが録音した中でも最
も美しいアルバムのひとつという評判に
も諸手を上げて賛同できるものがある。
ショスタコのオペラ〈ムツェンスク郡の
マクベス夫人>(ロストロポーヴィチ指揮)
との出会いもあった。
有名な性描写場面に荒れ狂う曲想の凄ま
じさには聴く度に、ゾクゾクさせられる。
動画の操り人形達と一緒に拳を振り上げ
て踊り出したくなる。
     ⇒ Dmitri Schostakowitsch - Dem kühlen Morgen entgegen (2008)

映像無しの純音楽的に聴くと、まったく
イヤらしさを感じないどころか、とてつ
もなく、大きな怒りのエネルギーすら感
じる。

似たような路線でポポフの交響曲第1番も
強烈な印象と供に出会えた曲だった。
この曲の演奏に関しては素人オケによる
演奏の方が数段良かったと今でも思う。
このアルバムも悪くはないのだが、演奏
が整然とし過ぎており、やはりどこか
物足りない。
もっと良い音源はないものか?と物色中。

ポポフが1928年音楽院の学生時代に着手
して1934年に最終的に完成している曲。
同年代のショスタコも高い評価をしてい
たらしい。

1930年2月24日ポポフの日記より

<父よ、私は労働者あるいは若い労働指
 導者に、戦いと挫折、人間性、勤勉な
 若者のエネルギー、意志と歓びを支柱
 にしたこの交響曲を捧げたい。>

時代は変わっても生きる事は即ち、戦い
続ける事であると教えてくれる。
辛くて堪らない時の心の支えになってく
れる。

という事で、

やはりこの中からひとつに絞り込む事は
酷というものだ。

まだある…。
最初は不気味さしか感じなかったブリテン
の戦争レクイエム(ケーゲル最後の録音)
も最近、良く手に取るアルバムだ。
シューマン交響曲全集(サヴァリッシュ
指揮)も素晴らしい。。


バーンスタインのマーラーシリーズも
素晴らしい。。

これら全て纏めて今年のベストですね!

という事で、、

「ひょーしゃーじょうー、、
 あぬぁーたは…」

私と同年代の方には懐かしい映像。
昔はこういった味わい深い方が大勢いた
ような気がする。
   ⇒ ヒョー、ショー、ジョー!
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2016年12月10日土曜日

敢えて運動しない勇気?

相変わらずあっちが痛い、こっちが痛い
という話ばかりになってしまうが、、

毎週土曜日になると整骨院に通って足腰
周りの筋肉をほぐしてもらっている。
モートン病らしきものを発症して以来、
腰だけではなく足の裏のビリビリする部
分にも電極をつけて処置してもらってい
る。右足脛の部分も相変わらず鈍い痛み
を発し続けている。

まったく。。
やれやれ。。。
足が痛いので週末は陸上の有酸素運動か
ら専らジムでの泳ぎに切り替えている。
ゴルフなどクラブをスイングする気にも
なれず。。

先週、整骨院のバリトン先生からやんわり
と、こんな注意をされた。

その時の会話の要約、、

「その後、調子は如何ですか?」

「うーん、、なんとか痛みを騙し騙しと
 いう感じで。。変わらないですね。」

「腰が大元の原因で右脛に痛みがでて体の
 右側を無意識に庇おうとすると、今度は
 左の筋系統に負担がかかって足の裏に
 痛みを感じるようになり、それをまた
 庇おうとして逆の右側に負担がかかって
 脛が痛んでしまうといった、、
 負の連鎖が起きているようですね。。
 そういえば最近運動の方はどうです?」

「専らジム行って泳いでます。
 時間にすると間に1回休憩入れて1時間
 ちょっと。
 運動量は抑え気味、でも少しだけ気持
 ちガッツリと。。昔からの癖で週末に
 なると体を動かして汗をかかずには、
 いられなくなるんですよね。。
 逆にやらなきゃ、という脅迫観念じゃ
 ないんですけど…」

「なるほど。。ガッツリ?。。ねぇ。。
 僕も運動をやっているので良くわかり
 ます。でもね。。
 こうやって体が痛むという事は身体の
 方からシグナルを出してきているんで
 す。いわゆる悲鳴を上げてきているん
 ですよ。
 そのシグナルに気付く事ができて適切
 に対処していけるかって大切な事なん
 です。
 内村さんの場合、、
 身体の調子と良く相談して場合によって
 は敢えて一切運動をしない、と決断する
 勇気も必要だと思います。
 難しいんですけどね。…」

「。。。」

ちっとも要約になっていないその時の会話
そのままになってしまったが。。プール
での泳ぎも運動量を減らしたつもりだった
が、まだ多いのか。。
確かに翌日に疲れを引きずっている、と
いう事はオーバーワーク気味の証拠なの
か?

そもそも当初はあまりの運動不足が原因
で高血圧症になった事が週末の有酸素運動
を始めたきっかけ。
その後、精神的なストレスからの解放、
高齢になっても、かくしゃくと動いてい
たいが為に続けている運動、の筈、、

だったのだが、

無理して今以上に動けなくなってしまっ
たんじゃ、本末転倒というやつだ。。

あー、困った。。
でも何かやっていないとつまらないし、
すぐに太ってしまいそうだ。
メタボは嫌だ…。
血圧も上がりそうだ…。
さて、どうしたもんだろう。。

と考えつつこの前の月曜日。

有給取って外はポカポカ陽気…。こんな
日は屋外に出るに限る、という事で毎日
最寄りの駅まで使っているチャリに跨が
り、江戸川土手沿いのスポーツロードに
向かう。

「気持ちいいなー」、、

ふと気付くと松戸近辺。。

「やべ、、回れ右。。」


距離にして約20キロ弱、自転車を漕いで
いただろうか。で、次の日、思っていた
ほど疲れも残っていなかった。

サイクリングか、、たまには、いいかも
ね。。

頭にヘルメットをかぶり、サングラスを
かけて切り替えギア付きの格好良いバイ
クに乗っている方々が颯爽と横をすり抜
けていく。

自分もあれ、欲しいなぁ。。
って、辛抱ですよ~。。辛抱。。



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2016年12月5日月曜日

小江戸の第九

オケ活動に参加している友人からの招待
で昨日開かれた川越の第九を聴きにいっ
た。 ※本日、有給♪・・
リハーサル時の様子をあらかじめ聞いて
いたせいもあるのか。。
実にメリハリが効いた骨太の響きを持つ
ベートーヴェンの音楽を聴く事ができたの
ではないかと思う。

後方の2階席から指揮者の方の後ろ姿しか
見えなかつたのだが、オケメンバの方々
に対して、

「ここで出して欲しい!」

といった音に対する指揮者の方の強い要求
が、ビンビン伝わってきた。
各楽器パートの出来不出来は、この際、
二の次の問題であり、最後まで飽きさせる
事がない目を離す事ができない演奏会だっ
たと思う。

やはり最終楽章で合唱が入ってくると雰
囲気が一気に引き締まる。合唱の方々への
強弱の付け方も素晴らしかった。
神々しい響きの中、力強い声が沸き上が
ってくるように聞こえてきた。
生で聴く独唱者の方々の声も実に美しか
った。

普段はまったく別の業界で働き、中には
毎日仕事に忙殺されている方々が集まっ
ている素人の方々の集まりである。
こうやって集まってきている思いは人それ
ぞれだと思うが共通する思いは多分ひとつ

「音楽をやるのが好きだから」

に他ならないと思う。

ちょっと話がそれるかも知れないが、、

FBにも書いたがある女優さんが実は音楽
の高い才能も持ち合わせた人である事を
とある番組で発見して、とても驚いた。
番組の中でモーツァルトの美しい筆跡の
スコアを見てまわり、

「あ、これはあの曲だ♪」

と言いながら譜面を見てまわりその場で
旋律を口ずさむ場面には心底羨ましい
才能をお持ちの方だと思った。
五線譜は世界共通の言語であるといった
ナレーターにも改めて何かを教えられる
思いをした。

私もチャレンジしてみようか。。

音楽の素晴らしさは、今後なにがあろう
とも、いつまでも変わらず感じていたい
もの。少しでも幅広い趣味を持ち続けて
いきたいもの。

熱い演奏会からの帰り道。
清々しい気持ちで家路につく事ができた。



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2016年12月3日土曜日

ショスタコーヴィチの証言

この本はショスタコ自身についての回想
ではなく他の人々についての回想である。
世評では本当にショスタコ本人が語った
事なのか、その信憑性を疑問視する声が
あるのは周知の事である。一応、本を編集
したヴォルコフも序章で述べている。

<ショスタコの質問への答えはしばしば
 矛盾していた。そんな時、彼の言葉の
 真意を二重底の箱から引き出し推測せ
 ねばならなかった。>

・・・

以下、私が読んでも理解できるような著名
な音楽家に対するショスタコの回想録から
の抜粋を記しておきたいと思った。。

ちょっと正直、面食らってしまう。 。
もう1回、読み直してみようかとも思う。
他の文献も捜してみようとも思う。

いずれにせよショスタコの音楽に対する
自分の気持ちが変わる事はないのだろ
うが。。

●トスカニーニへの憎悪

<私がとりわけ憤慨させられるのは冷血
 漢の周囲に常に崇拝者と追随者がいる
 という事実である。その典型的な例が
 イタリア生まれの指揮者トスカニーニ
 である。わたしはトスカニーニを憎んで
 いる。彼は音楽をまったく恐ろしいもの
 に作り替えようとしている。
 トスカニーニは私に敬意を払い第七交
 響曲のレコードを送ってくれたがそれ
 を聞いた時、ひどく腹が立ってならな
 かった。なにもかも、精神も性格もテ
 ンポも、すべて間違っているのだ。>

ほぼ3ページに跨がりトスカニーニへの
罵詈雑言が延々と記されている。
ほぼ一方的に、、?
相当にお嫌いだったご様子である・・。

●プロコフィエフとの葛藤

<どういうわけかプロコフィエフと私の間
 には友情が生まれなかったが、それは
 おそらくプロコフィエフという人には
 およそ他人と友情を分かち合う気がな
 かったからだろう。
 プロコフィエフは峻厳な人で自分自身
 と自分の音楽の他には一切興味を示さ
 なかったようである。プロコフィエフ
 にはお気に入りの言葉が二つあった。
 ひとつは「面白い」という言葉である。
 彼はこの言葉で周囲にある全てのもの
 を評価していた。「面白い」というひ
 とことで充分だと思っていたようだ。
 もうひとつの言葉は「わかりましたか?」
 というのだった。この二つのお気に入り
 の言葉が、わたしをいくぶん苛立たせ
 た。わたしのオペラ"マクベス夫人"の
 総譜に目を通してはくれた。
 「面白い」と彼は言っていた。。>
ショスタコ自らも認めているが、若い頃の
ショスタコも、相当鼻っ柱が強かったらし
いですが。。

●ストラヴィンスキイへの敬意 

<ストラヴィンスキイは現代の最も偉大
 な作曲家の一人であり彼の作品の多く
 を私は心から愛している。晩年になる
 につれ、ストラヴィンスキイの作品は
 次第に悪くなったと考える愚か者がい
 る。それは中傷であり嫌がらせである。
 わたしが、それほど好きでないのは"春
 の祭典"のような初期の作品である。
 それはかなり荒削りな作品であり表面的
 な効果を狙った計算が多すぎ、内容が
 乏しい。火の鳥についても同じ事が言え
 それ程好きになれない。
 それでもいかなる疑いを差し挟む余地
 もなく、ストラヴィンスキイは今世紀
 にあっては偉大な作曲家と呼べる唯一
 の存在である。>

ヴァイオリン協奏曲、ミサ、ペトルーシカ
あたりをタコさんはお好きだったそうであ
る。
マーラーの音楽に対しては、ほぼ熱狂的
に好きだったようである。

●ムラヴィンスキィへの。。。。

<ある時、わたしの音楽の最大の解釈者
 を自負していたムラヴィンスキィが
 わたしの音楽をまるで理解していない
 のを知って愕然とした。交響曲第五番
 と第七番でわたしが歓喜の終楽章を書
 きたいと望んでいたことなどと、
 およそ私の思ってもみなかった事を言
 っているのだ。この男には私が歓喜の
 終楽章など夢にも考えたことがないの
 もわからないのだ。あれは強制された
 歓喜なのだ。鞭打たれ、「さあ、喜べ、
 喜べ。それがおまえたちの仕事だ。」
 と命令されるのと同じだ。
 これがいったいどんな礼讃だというの
 か。それが聞き取れないなんて耳無し
 も同然だ。>
うむむ。。
これが物議を醸した問題の部分か。。
ムラヴィンは、この証言を目にしたのだ
ろうか。。。
あいた口がふさがらない、とは、まさに
この事かも知れない。
ちなみにヴァルコフにより、この証言が
書かれたのが1979年6月辺り。。
証言した本人は既に亡き後である。。

事の真実は、、語った本人にしかわから
ない。。


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